諸行無常

こんにちは。
今回のイントラブログを担当しますSakkoです。

「諸行無常(しょぎょうむじょう)」

意味:この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、
一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。

「諸行」は、この世の一切の事物と現象を指し(有為法)「無常」とは、
一切は常に変化し、不変のものはないという意味。
宋代の仏教書『景徳伝灯録』によれば、釈迦牟尼仏が入滅に際し、
沙羅双樹の木の下で説いた言葉と伝えられる。三法印、四法印のひとつ。…wikipediaより

仏教用語として有名な言葉ですが、この考え方は、釈尊以前からあると言われています。
インドの宗教(バラモン教)においても、諸行無常というのが説かれていたそうです。

例えば、ガラスのコップは、普通に使えばコップとして機能します。
しかし、誤って割ってしまったらコップとしての機能は果たしません。

人の感情も同様です。

自分の感情、行動、は常に変化し
他人の感情、行動も常に変化し続けています。

朝起ききて、天気が良く心地よく幸せな気分なのに、起きてきたパートナーがぼそぼそグダグダしていたら、どうですか?
子供がなかなか起きてこないと、だんだんとイライラしたりしますよね。

人の関係は、「因縁」と言い、「因」と「縁」によるもので、その因や縁が変われば必然的に滅し、また生じます。
この世は常に移ろい行き、すべての存在が繋がり、支えあっているからと考えます。
私たちは、この世に生き、常にだれかと接点を持っています。
パートナー、お子さん、友達、会社の上司、同僚、ご近所さんなどなど、「常に誰か」を感じながら生きています。

その中で、「変わることが当たり前、変わらないものはない」という事を常に心に、頭においていると
自分を、相手を、受け入れる事ができるようになります。

これは、一見「あきらめ」と似た行為かもれません。

でも、世の中はただ「諸行無常」だという事を繰り返し感じていると、いい意味での「しょうがない」がやってきます。
そして、その行為は、自然と自分を許し、認め、他人をも、許し、認める行為となります。

しかし、言うのは簡単です。すぐには、絶対できません!

一瞬一瞬をできるだけ細かく意識します。
「流れの中で生きる」ことを極力やめてみます。

私はこの練習を日々できるように努力しているのは、瞑想の練習をし始めてからだと感じています。
忙しくても、面倒でも、少し目を閉じ、座る、自分の呼吸に意識を向けることで、日常での様々な捉え方が変わっていきました。

ヨガ(アサナ)を実践しても、ヨガをしていると、とは言えるでしょう。
ただ、「動かない」ことをしてみると、様々な「気づき」と出会いました。
日常生活で少しずつでも、自分の感情や体の変化に「気づき」が生まれると、より穏やかな日常が向こうからやって来るような気が来ます

新しい年を迎えるこの時期、忙しく感じるこの時期に、何となく皆様とシェアしたい、内容でした。
皆様も、「諸行無常」を少し意識して、素敵な年末年始をお過ごしください。