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聖者たちの食卓

10月ブログ担当のいつかです。

えみちゃんから引続き、映画のお話を。

先日 2つ台風が上陸したのは記憶に新しいと思います。
1つ目の台風の影響で、冷たい雨と 少しずつ強くなる風の中、
友人と「聖者たちの食卓」を見てきました。

映画の舞台はインドの北西部にある、
シク教の黄金寺院ハリマンディル・サーヒブ。

ここでは毎日10万食もの食事が巡礼者、旅行者のために無料で
提供されるという。
その食事を作っている人たちは全てボランティア。
とても沢山の人が同じ空間に座り、作業を淡々とこなしていく。
たまねぎを切り続け、涙を流す人。
汗を拭きながらチャパティをひたすら焼いてはひっくり返す人。
手を泡にして食器を洗い続ける人。

ここではどんな階級、宗教の人も
一緒に座って食事を取る。
それはたとえ神でさえ。

映像はひたすら 寺院での人々の活動を映し出す。

思わずよく匂いを嗅ごうと
鼻をすんすんと動かしてしまう自分に気がつく。

膨大な量に、
人々の無駄のない規則的な動きに、
インドの喧騒に、
わたしは完全にのまれ、
一瞬くらっと眩暈を覚えるほど。

なにもかもが圧巻で、
映画が終わった頃にはお腹ではなく
のどの渇きを感じた。
絶対にお腹が空くと思っていたのに、
むしろお腹いっぱいになった気がする。

インドってすごいところだ。
そんな印象の映画でした。

きっといつか行こうと心に決めて、
南インド料理を食べに
電車に乗ったのでした。

アディヨガ

こんにちは!
火曜のアディヨガのクラスを担当している慈香です。

アディヨガってなんですか?
というご質問をよく生徒さんから尋ねられます。
この場をお借りしてアディヨガについてお話してみようと思います。

アディヨガはアメリカ人のダルマボディ先生によって創設されたヨガの流派です。
ヒマラヤで太古から練習されていた伝統ヨガ、チベットや梵哲学、非二元タントラ、
アーユルヴェーダなどを背景の基本哲学とし、体系立てられています。

ってどういうこと?という感じですよね。
書いていて、わたしもそう思います。笑

太古の昔、ヨガは口伝で弟子から弟子へとその教えは受け継がれていました。
基礎となる哲学があり、弟子の能力や要素によってその伝え方や教えることが違ったのです。みんな違う人間で、抱えている問題も違いますから、教えがその人に合わせて変化することは必然であり、先生はそれを見極める立場の人でもあります。

アディヨガでは、身体、エネルギー、マインドに意識を向け、整えていくこと、これらがバラバラに働くのではなく、バランスよく働くこと、この3つを一つに融合させていくことをアサナや瞑想、呼吸法などのツールを使って練習していきます。

この練習を続けていくことで、自分の真ん中を知り、安定していくのがわかります。
例えばそれは、自分が今なにを感じているのかに気がついたり、自分が必要としていることを選んでいけたり、本来の自分が持っているキラリとした部分を知って、磨き、輝かせていけること。
きちんと 嬉しいや楽しい、美味しいや、幸せ、苦しい、悲しいを感じられること。

不思議だけど、練習を続けていくことで、わたしはこれを感じることができるようになりました。
そして無理をしない、自分ではない自分を演じることをしなくなり、自分に違和感を感じることが減ったように思います。

それは自分と調和していくこと。
自然と調和していくこと。
自分にとってなにがナチュラルなのかを知ること。
わたしと他を分けて考えないこと。

種はそこにあるだけでは芽は出ません。
土に植え、水を与え、日の光を浴びるという全ての要素が揃い、芽を出し、木となり実を結ぶ。

わたしたちも同じなのです。
わたしを創っているのはわたしだけではないということ。
外から得たものがわたしたちの身体をつくり、心をつくり、マインドをつくる。

これがアディヨガの背景にある哲学です。
これに基づき、アサナや呼吸、瞑想、チャンティング、ヨガニドラ、プジャなどの練習を重ね、ここから得た知恵や気づきを生活に広げていける。

生きていく力や術を身につけている感じといったら大げさかしら?笑

何かになろうとするのではなく、わたしはわたし、あなたはあなたのままで、自分自身を輝かせていく、そんなヨガです。